こんな人におすすめ
・リアルなドラマ、物語に興味がある
・同じ社会に生きる人の生活を感じたい
・幸せとは何か?について考えたい
・抽象的で概念的な社会問題の生の姿を少しでも感じたい
普段生きているだけでは出会えないような人の、生活の断片に触れることで、
この社会がどうなっているのか、ほんの少しだけだけど想像するきっかけになりました。
つい、読み入ってしまうエッセイです。
本について
【紹介文献】岸政彦, 『断片的なものの社会学』, 朝日出版社, 2015, 241p
2015年の「紀伊國屋じんぶん大賞2016」、大賞を受賞した作品です。
著者 岸政彦
著者の岸さんは、社会学者として、さまざまな人の生活について調査・研究をされています。
特に、沖縄や、被部落差別についての研究をされているそうです。
余談ですが、岸さんのtwitterでの犬がかわいいです。
私も、猫も音楽も好きなので、岸さんにどこかシンパシーを感じます(笑)
本の内容 要約・抜粋
本書では、岸さんの活動の中で行われた、
さまざまな人へのインタビューの内容が、岸さんの目線で語られています。
取り上げられているお話は、
その聞き取り調査の中で、研究の中には入ることはなかったが、どこか惹かれるような人生の断片の語りです。
それゆえ、読んでいると読みいってしまうような物語(このように「物語」としてしまうことにも一種の暴力があるかもしれないですが)になっています。
いくつもの断片的な語りなので、今回は要約というよりも、印象に残った語りを1つ取り上げたいと思います。
一般的な幸せは暴力になりうる
p106〜の「手のひらのスイッチ」という章で、幸せの暴力性について語っています。
今の社会には、少なからず
「男性は、女性は、こうあるべきだよね」
「家族や結婚はこうあるべきだよね」
という規範があると思われます。
例えば、結婚することは祝福される風潮がありますが、
これは、現在日本では法律的に同性婚が認められていないため、同性愛で結婚を望む人たちへの暴力に少なからずなっているかもしれません。
また、子どもができるのは、めでたいことだと言われますが、
子どもをつくらないと決めた人、つくろうとしてもできない人たちへの暴力にもなっているかもしれません。
このように、社会一般で語られる「幸せ」はとても暴力的な面があると言えます。
なので、「幸せ」は、一般的なものではなく、
それぞれ個人の「私にとっては、こうするのが幸せ」という、個別的なものであるなら、それは他人へ暴力を振るうものではなくなります。
たしかに、そうやって考えれば、誰かを傷つける幸せの語りがなくなる!これで解決!
…のはずですが。
ですが、ここで岸さんが一つの個人としての疑問を掲げています。
それは、「究極に個別的な『幸せ』だけを感じることはできるか?」ということです。
社会的な幸せを全て捨てることは、現実的に考えて難しいです。
そもそも、どこまで社会的につくられた幸せか考えるのも、この社会に生まれて生きている限りはなかなか難しいよな。
そして、そのような個別的な幸せは、とても孤独なものになるはずです。
私たちは、そのような幸せを本当に望んでいるのでしょうか?
こうして、この語りは終わります。
本書には、このような、答えなんてない語りが散らばっています。
ですが、それに触れ、考えるきっかけにはなる。
それ自体で価値があると私は感じます。
本書から学べること 感想
自分を俯瞰できる
本書を読んでいて、実感するのは、月並みな表現ですが、「世界って広いな」というものです。
個人的には、この実感は、生きるときの充実感の一つです。
自転車で旅に出ると、自分が行ったことのない街にも、たくさんの家があって、普段住んでいる人がいることを感じ、毎回、世界って広いな、と、不思議な気持ちになります。
そうすると、自分の生活が良い意味でちっぽけに思えるのです。
普段生きていると、周りの常識、価値感を少なからず感じて、それに沿って生きている気がします。
絶対的なものだと感じていたその、常識とか、価値観って、意外と絶対的なものじゃなかったりする。
それを改めて感じさせてくれたのが、本書です。
「こう生きなきゃいけないよな。」
「こうしないと幸せになれないよな。」
という思い込みも、
さまざまな人生の語りを読むことで、いろんな視点と、いろんな生き方があることに気づく。
私にとってだけかもしれませんが(笑)、このような意義のある本でした。
聞こうとする姿勢
抽象化するなら、貧困、ホームレス、虐待、DV、セクハラ、差別、マイノリティ、孤独、戦争など、
多くのテーマをまたぐ語りが、本書ではされています。
ですが、このように抽象化をしてしまうと、なかなか、実際にそこに人がいることが想像できません。
本を読むという間接的な行為を通してではありますが、
そのような抽象化をする以前の語りを聞くことには、とても価値があると感じました。
そして、そのような、誰かの生に足を踏み入れ、聞こうとする行為自体は、
本書のあとがきでも触れていた、寛容さや多様性を少しでも尊重する態度であると、私は思います。
もちろん、そこには暴力性が伴うシーンもあるかもしれません。
そして、人との距離感や、関わり方に絶対的な正しさはないと思います。
ですが、その暴力性も鑑みようとしつつ、でも一歩踏み出し、傾聴する。
その姿勢が、よりよいものなのではないかなと私は感じています。
本書を読んでいて、そのような姿勢にとても共鳴しました。
まとめ
岸政彦さんの『断片的なものの社会学』を紹介しました。
本当にさまざまな人の人生、経験、出来事、思想が綴られています。
小説を読んでいるような感覚がありつつも、その情景や感情がとても鮮明に感じられます。
まさに、「現実は小説より奇なり」でした。
自分の知らない世界、でも同じ世界に生きている人、
そんな人たちの断片に触れたい人はぜひ読んでみてほしいです。